雅なマダムの笑劇場 直球・カーブ・変化球 魔球はどこへ落ちるやら  コメント欄も小劇場
 生きる
2018年01月02日 (火) | 編集 |
家族の全てを見送って3回目の年越しを終えた。
1回目は寂しさを紛らわすために年末年始のアルバイトをした。
おせちを作る気も起きなかったので バイト帰りの大晦日に寿司折を
買った。 全くもって砂を噛むように不味かった。
以来、大好物である生寿司の折詰を自分のために買うのはやめた。

2回目は癌と闘病していた従妹の話し相手として過ごした。
遠くに住んでいるのでもっぱら電話なのだが、症状が悪くなる一方の
人に希望を持たせるのは辛い。
これが1年半続き、5月に終わった。

今回は暇だった。
掃除、片付けなどやるべきことは既に終え、おせちは旨煮のみ作った。
仏前も花や供え物で飾った。
時間が余る。
このような時を持つのは初めてのような気がする。
過ぎた日々の反省をしても始まらず、来る年への期待があるはずもない。
とにかく何も考えたくなかった。

で、TVで黒澤明作品集をやっていたので観た。
何度も観た映画の中で初めてだったのが 「生きる」
これがヒジョーに暗い。
余命を知った主人公が与えられた短い時間をいかに終えるか。
なんでまた大晦日、よりによってこの内容。
白黒なので主人公の表情が余計に鬼気迫る。
途中でやめようと思ったが、結局最後まで観てしまった。

「生きる」
この永遠なる課題を年の終わりに改めて突きつけたのは神か仏か…
いや、自分自身なのだ。
カーン、カンカンカン、カーン


 早春
2017年04月24日 (月) | 編集 |
ふくろうが訪れる某旅館の庭

DSCN0490.jpg


 春の庭
2017年03月01日 (水) | 編集 |
春の庭

高千穂  旅館 神仙


 2月
2017年02月01日 (水) | 編集 |
 会いたいねぇ
2016年11月30日 (水) | 編集 |
自分の若かりし頃を懐かしむことは殆ど無い。
それなりに生きてきたつもりだし、進んだ道の選択を悔いても
今更どうしようもない。
老いさらばえた顔に愕然とするも自己責任。
全てを受け入れて、楽になるしかない。

しかし、亡き人々のそれを思い出す時、胸が苦しくなるほど
懐かしく、愛おしくて切ない。
あの時の会話 あの顔 あのしぐさ
映画の一コマのように鮮明に浮かぶ。
返事のあるはずがないその人を、つい 声を出して何度も呼ぶ。
独り居の部屋に 空しく響く己が声に 時が止まる。

ただ今放映中の朝ドラのヒロイン。
可愛らしい大きな瞳以外に さほど個性のない若き女優。
演技を云々しながら観るつもりは毛頭ないが、戦地から戻らぬ
夫に対して 絞り出すように吐いた
会いたいねぇ
心に染み入る一言だった。