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 神の姿
2010年01月25日 (月) | 編集 |
信仰心と云えるほどのものは持たないが、神仏の存在を私は信じている。
むろん、姿は見えず声も聞こえないが、大いなる力が働いていると
感じることがあるからだ。
霊感も多少強い方ではないかと思っている。
しかし、予知能力は全く無い。
あれば、数段良い人生を送っていることだろう。

最近、ついに神の姿を見ることができた。
大雪の降った朝、彼は帽子を被りスコップを片手に家の前で佇んでいた。
見知らぬ顔、誰だろう?
気にする間もなく、除雪に精を出さねばならなかった。
「やらせてもらえませんか?」
「は?」
「除雪を手伝わせてもらえませんか?」
「まっさかぁ。でも、ありがとうございます。」
「本当にやらせていただきたいのです。」
「?」
「実は登山を趣味にしているので体力作りに除雪のボランティアを
 しているのです。 大通り公園で雪像造りも手伝っています。」
「失礼ですがどちら様でしょうか?」
「裏の○○です。」
帽子のせいで顔が分からなかったのだ。
町内の会合ではいつも酔っ払っていたことだし…
「あの大邸宅の○○さんでしたか。気付きませんでわっはっは。」
「家の周りはやってしまったのでこちら側に来てみたのです。
 是非ともやらせてください。」
「いやー、お願いします。大変助かりますなんてもんじゃないですわ。」
「雪はお宅の裏に捨てていいのですか?」
「はい。大いに空いてますので、できればまっすぐ遠くへお願いします。」

私は出かけなければなかったので、車を出すのをやめてお言葉に甘え
途中から家の中へ入ってしまった。
時間が来て外へ出てみるとどうだろう、すっかりきれいになっていた。
次の日も出かけている間にやってくれ、裏の雪捨て場は見事なスロープに
なっていた。
力の及ばないほどの大雪が続いた折しも、感涙にむせぶところだった。

あれは神だ、神様なのだ。 ○○さんの姿を借りた神様なのだ。
私はいつも神様に守られ、救われているのだ。
御心にかなう身ではないのに、非力さを憐れんでくださる神様。
なんと、なんと有難いことだろう。
その大いなる存在を確信したのだった。

が、雪の降った日は神の姿を探す自分を恥じ入るようにもなった。
やはり、その姿を見てはならない…


 謹賀新年
2010年01月01日 (金) | 編集 |
やややややっと 行ってくれました、2009年。
いろいろあり過ぎてあっという間でもあり、長かったようでもある。
肺炎で入院してからは開き直ったつもりであったが、ちと足りなかったか?

今日の札幌、元旦の朝はまことに穏やか、静かに明けた。
が、嵐の前の静けさ ということもある。
ええい、どっちゃでもいい。 何でも来いやっ!
ついでに体重も増えて来たじゃっ!


asa-j58.jpg

写真は旭山動物園アムールトラです、かわいいでしょ。
無料で使える写真じゃ…


ここを訪れてくれた方々にとって、素晴らしい一年となりますよう
心からお祈り申し上げます。


更新はままならないけど、皆様の温かいお気遣いを忘れてはいません。
死ぬ時は連絡しますけん。 香典の先取り、わっはっは。